「なぜあのような言い方をしてしまったのか...」「自分も、気づかないうちに誰かを傷つけているのではないか?」——管理職になって部下を持つと、ふとそんな不安がよぎる瞬間があります。
私自身、管理職として日々マネジメントと向き合うなかで、組織開発・人材育成の第一人者である坂井風太さんの言葉に大きな気づきをもらいました。本記事では、「理不尽仕事論」を私なりにまとめ、管理職や働くすべての人が「誰かの理不尽にならない」ための視点と、理不尽に悩む人を支えるためのヒントを整理してお届けします。
目次
なぜ今「理不尽仕事論」を学ぶのか
リモートワークやハラスメント対応が進んだ現代でも、職場の「理不尽さ」はなくなりません。むしろ、表面的なルールが整ったぶん、水面下で起こる「優秀だけど嫌な奴」問題や、マネジメント層の知らぬ間の加害が見えにくくなっています。
坂井さんが組織開発・人材育成の文脈で繰り返し語っている(ニュアンス)のは、「理不尽は撲滅できないからこそ、理不尽との向き合い方を学ぶ必要がある」という視点です。これは管理職に限らず、すべての社会人にとって、自分のキャリアと心の健康を守るための必須教養だと感じています。
最近はAIや自動化で業務効率は上がっても、結局のところ組織の生産性を左右するのは「人と人との関係性」です。だからこそ、心理学的な視点から「理不尽」を捉え直すことに、組織開発上の大きな価値があります。
挫折経験が分ける、「聖人」と「闇堕ち」の道
坂井さんによれば、人は挫折経験を通じて2つのパターンに分岐します。
| パターン(解釈) | 解釈 | 結果 |
|---|---|---|
| 自己成長と捉える | 「あの困難を乗り越えた自分なら大丈夫」 | 苦境耐性・対人配慮が育つ(聖人化) |
| ダメージと捉える | 「人を信用してはいけない」 | 仮想的有能感を持ちやすくなる(闇堕ち) |
ここでいう「仮想的有能感」とは、他者を見下すことで自分の有能感を満たそうとする心理のこと。つまり、挫折そのものが人を歪ませるのではなく、「解釈」が人を分岐させるわけです。
そして、その解釈は何によって作られるのか?坂井さんは、次の2つによって作られると語っています。
- 脳内口癖:「伸びしろ」と捉えるか「自分はダメだ」と捉えるか
- 恩師の存在:挫折時に手を差し伸べてくれた他者がいたか
私の経験を振り返っても、辛かった時期に「大丈夫」と声をかけてくれた上司・メンバーの存在がなければ、たぶん今のような考え方はできていません。
人がこじれる3つの心理メカニズム
職場で「なぜあの人はあんなに攻撃的なんだろう?」と感じる相手の背景には、たいてい以下の心理が潜んでいます。
① 投影性同一視
自分の中で消化できない「嫌な部分」を直視するのが辛いため、それを持っていそうな相手に投影し、攻撃してしまう現象です。たとえば「自分のサボり癖を認めたくない上司」が、サボりがちに見える部下を必要以上に詰める——という構図がこれにあたります。
② 帰属バイアス
人は、他人のミスは「内的要因(その人の能力や性格)」のせいにし、自分のミスは「外的要因(環境や運)」のせいにしがちです。これが習慣化すると、部下に対して必要以上に厳しくなり、自分には甘くなる。管理職にとって最も警戒すべきバイアスかもしれません。
③ 特権意識
「私はもっと得るに値する(心理的特権意識)」「私の考えに合わせろ(誇大型特権意識)」「私の気持ちをもっと考えろ(過敏型特権意識)」といった、役職や立場に基づく無自覚な特別意識です。坂井さんはこれを「闇堕ちの始まり」と表現しています。
管理職が陥りがちな「特権意識」の罠
特に管理職になると、「自分の言うことを聞いてもらえる環境」が当たり前になり、気づかないうちに特権意識が肥大していきます。これを抑制する因子として、坂井さんは次の2つを挙げています。
- 他者への感謝と貢献に気づくこと
- モラルアイデンティティ(自分の心の中心に「誠実な人間でありたい」という思いを持つこと)
ここで思い出したいのが、「肩書きは会社が貸してくれているもの、いつか返さなきゃいけない」という言葉。一方で、「自分の頭で考え、誠実に向き合ってきた仕事は、誰にも返す必要がない」——管理職としての自分の姿勢を見直す、強い問いかけだと感じました。
役職そのものではなく、役職を通じて誰に何を残したかが、自分という人間を定義する。シンプルですが、忘れがちな視点です。
【セルフ診断】あなたは誰かの理不尽になっていない?10項目チェック
理論を学んでも、自分が当事者になっていることには気づきにくいもの。以下のチェックリストで、最近1ヶ月の自分を振り返ってみてください。
□ 1. 部下のミスに対して「能力がないから」と決めつけたことがある
□ 2. 自分のミスは「環境のせい」だと感じることが多い
□ 3. 「自分の若い頃はもっと大変だった」と口にしたことがある
□ 4. 苦手な部下に、必要以上に厳しく接していると感じる
□ 5. 「私はもっと配慮されるべき」と感じる場面が増えた
□ 6. 部下が反論してくると、つい感情的になる
□ 7. 1on1で「自分が話している時間」のほうが長い
□ 8. 過去に自分を支えてくれた人を、最近思い出していない
□ 9. 「俺の指示通りにやればいい」と感じることがある
□ 10. 部下の挫折談を聞くより、自分の武勇伝を語りがち
判定の目安
- 0〜2個:健全な状態。引き続き感謝と謙虚さを大切に
- 3〜5個:黄信号。特権意識が芽生え始めているサイン
- 6個以上:赤信号。「闇堕ち」フェーズに入りかけている可能性大
正直なところ、私も自己採点したときに8つほどチェックがついてしまい、「これはまずいな...」と感じました。ただ裏を返せば気づくこと自体が、改善の第一歩ですので、これから相手への「おかげ」を忘れずに治していこうと思います。
「誰かの理不尽」にならないための4つの実践
ここからは、明日からすぐ試せる実践ポイントを整理します。
1. 「おかげ」を毎日ひとつ思い出す
闇堕ちしそうになったら、過去に自分を支えてくれた人を思い出す。これだけで、特権意識は和らぎます。私は毎日の内省の中に「感謝メモ」を作って、週に1回ほど振り返るようにしています。
2. 「損得」より「善悪」で意思決定する
ぐんぴいさんは「売れている芸人は『ギャラ』ではなく『楽しそう』で仕事を選ぶ」と例示しています。短期的な得よりも、長期的に自分が誇れる選択を取る——これが信頼を積み上げる最短ルートです。
3. 「適切な距離感の架空師匠」を複数持つ
ロールモデルを1人に絞り「信者化」すると、逆に逆境耐久力が下がります。本、芸能人、過去の偉人など、複数の架空師匠を持ち、状況に応じて参照するスタンスがおすすめ。私の場合は坂井さんに加えて、何人かのスポーツ選手や経営者を架空師匠としてストックしています。
4. 帰属バイアス・チェックリストを使う
部下を評価する前に、以下の問いを自分に投げかけます。
□ このミス、もし自分がやっていたら、何のせいにしている?
□ 「能力がないから」と決めつけていないか?
□ 環境・指示・タイミングに改善の余地はなかったか?
□ 自分の不安や苛立ちを相手に投影していないか?
このチェックを習慣化するだけで、「理不尽な詰め」は劇的に減ります。
理不尽を解消する「部下を支える1on1スクリプト例」
「闇堕ち」する人と「聖人」になる人を分けるのは、周囲が手を差し伸べたかどうかでした。では、私たちは1on1の場で具体的に何ができるでしょうか。坂井さんの理論を私なりに翻訳した、3つのスクリプト例をご紹介します。
ケース1:失敗を「才能のなさ」に帰属している部下に
NG例
「もっと自信を持って!」「あなたならできるよ!」
OK例(再帰属訓練)
「うまくいかなかった原因を、能力ではなく『努力の方向性』で振り返ってみよう。具体的にどの工程で時間配分が難しかった?」
ポイント:才能の問題ではなく、努力の量や仕方に帰属し直すサポートをする。これだけで「やり抜く力(GRIT)」が育ちやすくなります。
ケース2:燃え尽きかけている部下に
NG例
「もう少し頑張ろう」「みんな大変だから」
OK例(最上位目標の確認)
「いったん仕事は脇に置いて、◯◯さんは『どんな人でありたい』と思ってる?今の仕事は、その理想とどう繋がってる?」
ポイント:望み(本当に欲しいもの)と目標(手段)を分けて整理する。坂井さんの言う「始まっちゃいねえんだ」——再起動の余白を渡してあげるイメージです。
ケース3:理不尽な扱いに傷ついている部下に
NG例
「気にしすぎだよ」「俺の若い頃はもっと大変だった」
OK例(解釈の再構築)
「その出来事は本当に辛かったね。少し落ち着いてからでいいけど、この経験から『学べそうなこと』と『絶対に自分はやらないと決めたこと』を、一緒に整理してみない?」
ポイント:傷ついた感情を否定せず受け止めたうえで、「ダメージ」ではなく「自己成長」への解釈に矢印を変える手助けをします。
自分が「理不尽を受けている側」のときの対処法
ここまでは「自分が誰かの理不尽にならない」視点で書いてきましたが、現実には自分が理不尽な扱いを受ける側になることもあります。若手・中堅の方も含め、すべての社会人に役立つ対処法を3つご紹介します。
① 「闇堕ち」の引き金を断つ
理不尽を受けたとき、人は無意識に「人を信用してはいけない」と思いがちです。これが闇堕ちの第一歩。そうなりそうな自分に気づいたら、過去に自分を支えてくれた人=「おかげ」を思い出すことで踏みとどまれます。
② 後悔最小化戦略で考える
坂井さんは「人間のほとんどは『不行為後悔』(やった方がいいことをやらなかった、と後悔すること)に苦しむ」と語ります。(ツァイガルニク効果:完了した課題はすぐに忘れるが、未完了な課題はよく記憶する)
理不尽な環境に居続けるか、転職や異動に踏み出すか——迷ったときは「10年後の自分が後悔しないのはどっちか?」で判断するのが効果的です。
③ 「肩書き」より「自分の仕事」を信じる
理不尽な上司に評価されないと、自己肯定感は下がります。でも、肩書きや評価は会社からの借り物。あなたが誠実に向き合ってきた仕事の経験値だけは、誰にも奪えません。これは坂井さんの言葉の中で、印象に残ったフレーズの1つでもあります。
現場でありがちな失敗と対処法
| ありがちな失敗 | 対処法 |
|---|---|
| 「自分は理不尽な上司ではない」と思い込む | 定期的に360度フィードバックや1on1で素直に問う |
| 部下に「お前のためを思って」と詰める | 「自分の不安の投影ではないか?」を自問する |
| 良かれと思って助言しすぎる | 「相手が解釈を変えるのを待つ」スタンスを意識する |
| 自分の挫折を美談として語りすぎる | 「相手の挫折」に純粋に耳を傾ける時間を増やす |
| MBTIやHSPで部下を「決めつける」 | アイデンティティは固定化せず、ポケモンのイーブイ的な柔軟さを尊重する |
特に最後のMBTI問題は要注意。坂井さんは「自分のアイデンティティを固定化させすぎず、イーブイのような柔軟さを持つことが大事」と語っており、人材育成の現場で診断ツールの結果を絶対視するのは危険だと指摘しています。
まとめ
ここまでの内容を5つに整理します。
- 挫折経験は、解釈次第で「聖人化」にも「闇堕ち」にもつながる
- 投影性同一視・帰属バイアス・特権意識が、人をこじらせる3大メカニズム
- 管理職こそ「肩書きは借り物」と自覚し、誠実さを軸に置くことが組織開発の本質
- 「おかげを思い出す」「善悪で選ぶ」「複数の師匠を持つ」など、日々の実践で理不尽を予防できる
- 理不尽を受ける側になったときも、「闇落ちの引き金を断つ」「不行為後悔の最小化」と「誠実に仕事に向き合う」で乗り越えられる
最後に
「理不尽を撲滅する」のではなく、「理不尽を糧にし、自分は誰かの理不尽にならない」という生き方。坂井さんの組織開発・人材育成の考え方は、管理職としての自分自身を問い直す強いきっかけになりました。
明日からまずは、今日紹介した10項目のセルフ診断を自分でやってみることから始めてみませんか?気づくこと自体が、組織と自分の未来を変える第一歩です。
そして、もしこの記事を読んで「自分の周りにも、闇堕ちしそうな同僚がいる」と感じたら、ぜひ次の1on1で、上記のスクリプトを試してみてください。あなたの一言が、誰かの「恩師」になるかもしれません。